人生は「やること」がわからないから停滞する

娯楽に溺れた生活

先日書いた記事では、
成長することの楽しさについて
簡単に書きました。

ひるがえって今回は、
成長することの必要性について
考えてみようと思います。

先日久々に話をしたカウンセラーの友達は、
自分のクライアントの成長が
どうにも停滞してしまっていると言って
嘆いていました。

自分が心の底からやりたいことを見つけて、
自分の仕事を作っていこうとしていたそのクライアントは、
カウンセリングを受けつつも、
次にどう行動したらいいかがわからず、
路頭に迷ってしまったというのです。

何をすればいいかがわからなくなると、
人の生活は娯楽にまみれた方向に向かうようです。

クライアントである彼は、
仕事のない日は趣味のゲームやなんかをして
時間を潰しているらしいです。

そういえば、僕も学生時代は
そんな生活の繰り返しでした。

当時の僕は、学校の試験というものが
すこぶる嫌いでした。
(というより、これが好きな人など
いるのだろうか…??)

それでも、試験期間が迫ってきたら、
試験勉強をしないわけにはいきません。

そういう時期には、
罪悪感に苛まれてしまうから、
読みたい本を読むわけにもいかず、
また天気がいいというのに
やたらと外を出歩くわけにもいかず、
ただただ机に向かおうとしたものでした。

ところが、心の底からやりたいと思っていることを
抑えることほど精神衛生上悪いことはないようです。

試験勉強をやらねばと思えば思うほど、
「本当はこんなこと、自分にとっては時間の無駄だよなあ」
という気持ちがむくむくと沸き起こってきます。

そうした葛藤を心の中に抱えていたのでは、
勉強も思うように捗りません。

結果、集中力が持たず、
また頭では「やりたいことをやってはいけない」
という思いが働いて、
僕はよく、勉強もやりたい読書もやらず、
ネットサーフィンに溺れたものでした。

今思えば、当時の僕は
ただ単に時間の使い方が下手くそなだけでした。

別に試験勉強をやらなければならないからといって、
散歩や読書を過度に抑える必要など、
どこにもなかったはずです。

それでも、当時の僕は
自分の中の葛藤を解決する手段を
持っていなかったために、
自分が無駄だと感じていた試験勉強よりも
さらに無価値なネットサーフィンという行為に
陥ってしまったのです。

 

停滞は衰退の始まり

さて、クライアントの停滞に嘆いていた
僕の友達であるけれども、話はそのうちに
「なぜ成長し続けることは人間にとって必要なのか」
という話題に移っていきました。

結論からいえば、これは
成長することが生命の本能だから
ということなのでしょう。

僕たち生命が、はじめはほんの目に見えない
単細胞の微生物から始まったことを考えれば、
僕らのような多細胞生物はその発展の賜物です。

でも、たとえ成長することが本能でなかったとしても、
僕たちは外的な要因から成長することを
強いられています。

僕たちがいくら自分は何も変わるまいとして、
どんな行動も起こさず、また何も学ばず過ごそうが、
時間はどんどん先をゆくからです。

時間は進めば進むほど、
新しかった家は傷が目立つようになり、
自分の周りの人間関係は変わり、
己の身体は老いていきます。

精神は昔のまま変わらなかったとしても、
自分が過ごす環境は
刻が経つにつれてどんどん変わっていきます。

つまり、変化した環境で
昔と変わらず快適な暮らしをしようと思ったら、
自分も環境に合わせて変化していく必要があるのです。

実際、社会や歴史を見れば
テクノロジーの発展はとどまるところを知らず、
現代ではパソコンやスマホを触れない人が
仕事を見つけることは難しくなっています。

旧態依然とした日本の会社組織はもはや競争力を失い、
世界最先端の技術の多くは
今やアジアでは中国など他の国にあると
世界から見られています。

一方で、バブル以降停滞しっぱなしの日本経済は、
膨大な非正規雇用やブラック企業を生み出すなどで
人々の生活をじわりじわりと圧迫し、
社会は不満たらたら、未来への希望や夢を持つ人など
ほとんどいないような状態になってしまいました。

歴史を振り返れば、
時代の流れについていけなかった者は
次々に滅亡の道を歩んでいます。

武田の騎馬隊は織田の鉄砲隊に敗れ、
艦隊戦を重視し、航空機を軽視した日本軍は
太平洋戦争で敗れました。

個人についても同様で、
僕の経験を例にいえば、
ネットサーフィンにはまっているときほど、
世の中で起こっていることはおろか、
友達が話している話題など、
全くついていけませんでした。

もちろん、何でもかんでも
時代を追うのがいいとは思いません。

でも、自分の軸を守ることと、
時代の流れを注意することは、
相反することではありません。

むしろ、自分の中に本当の軸があるのであれば、
時代や社会の流れに合わせて、
今この瞬間に自分が何をすべきかがわかります。

自分の軸というのは、
ある一点にとどまっていることをいうのではなく、
「時間軸」のように流れる時の中を貫く
一筋の物語のことをいうのです。

 

自分のやることを見出せ

ムーミンに出てくるミイの言葉の中に

「ひま、やることがない。なんて間抜けなセリフだこと。
(中略)やることがないんじゃないわ。
やることをわかってないのよ。」

というものがあります。

停滞している人というのは、
そういう状態なのだろうと思います。

実際、ゲーム三昧に陥ってしまっている
僕の友達のクライアントにしろ、
試験期間が迫った学生時代の僕にしろ、
自分のやることがわからないから、
暇をもてあましているような生活になったわけです。

自分のやることを見出すことは
なかなか難しいかもしれません。

あの儒教の聖人である孔子でさえ、
自らの天命を知ったのは50代だといいます。

それでも、刻一刻と変化する世界を前に、
「やることがない」などとは言えたものではありません。

世の中の変化に合わせて成長することを
やめてしまった人間は、
遅かれ早かれ世の中には必要のない人間と
見なされ、生きる場を失ってしまうのです。

 

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