人間性は誰も教えてくれないし、誰も教えられない

陰口をたたく女

昨日のこと。

僕と僕の彼女とは、彼女が仕事の関係で
女子寮暮らしのために別居中なのだけれども、
昨日の夜は新宿の「中国茶房8」という中華屋で
夕食を共にした。

こういうときに彼女が話すことといえば、
だいたい仕事の話である。

僕の彼女は中国人なので、
日本の職場はどうしても合わない部分がある。

おまけに彼女が就職したところは
メガバンクという国家公務員と一、二を争うくらい
旧態依然とした組織である。

今や組織体制においても日本の先を行かんとする
中国で生まれた彼女にとっては、
「古き良き」日本のトップダウン型の組織は
息の詰まるような空間だろう。

そんなわけで、
僕はその苦労や苦痛に耳を傾けるというわけだ。

そんな中で昨日出てきた話は、
年齢が少し上の、
他部署の女性先輩社員についてだった。

僕の彼女は入社してまだ2年目だ。
日本語も学んで8年以上になるとはいえ、
細かいところでたどたどしい部分はまだまだある。

当然、仕事で使うような専門用語は
まだまだ勉強中だ。

電話の取り次ぎなどでも
ネイティブスピードで繰り出される
相手の企業名や名前を
しっかり聞き取ることは難しい。

だが、彼女いわく、
この女性社員は電話の取り次ぎに関して
彼女が会社名を一から十まで正しく言えないと、
「何?それじゃ全然わからない」
とつっけんどんなことを言う。

また、男性には可愛く笑顔を振りまくのに、
自分が嫌いな人に対しては
あからさまに嫌味ったらしい態度をとる。
別に自分は大して出世しようとは
思っていないようだが、
自分を追い抜いて昇進しようとする人に対しては
陰口を叩く。

僕は彼女に直接会ったわけではないが、
話を聞くだけでも器の小ささが滲み出していた。

もっとも、こうした話は
この女性社員に限ったことではない。

僕の彼女の直属の上司は、体育会系のサークルで
スポ根ものの悪いところだけを学んできたような
どうしようもないパワハラ社員であるし、
別の上司は部下をネチネチ苛め、いたぶるような
セクハラ社員である。

また全体的に
ごますりに精を傾ける社員が多いという。

話を聞けば聞くほど、
そんな組織環境でよくその支社が回っているなと
呆れるばかりだ。

 

人はなぜ、成長すればするほど堕ちていくのか?

こうしたモラルのかけらもないような組織は、
何も僕の彼女が働いている
この組織に限った話ではないだろう。

身近なところでいえば、
僕の母が働いている職場でも
独善的なリーダーによって、
組織がボロボロになっていた。
(そのリーダーはすでに解雇され、
職場は今ではきちんと回っているようだ)

特に、一概にはいえないだろうが、
銀行のような日本の会社組織の中でも
もっとも保守的な職場であれば、
この傾向は強いように思う。

年功序列を基本とした組織では、
人間性がどうであろうが、
年を取って、売上にある程度貢献すれば、
自然と「畏れ多い」存在になる。

だが、日本はいくら年功序列を大切にしている
社会であるとはいえ、
どうしてこれほどまでに
人間性が欠如した大人が多いのだろう?

例えば自分の子どもの頃を思い出して欲しい。

周りがどんな環境であれ、
当時は大人という存在が
とても頼れるものだと思っていたはずだ。

そして、いつかは自分も
そんな憧れの存在になるのだと
ぼんやりとでも思っていたはずだ。

だが、これも年を経れば経るほどに、
みな幻滅していく。

大人はみんなどこかしらで闇を抱えているし、
その闇によってみんなドロドロとした
薄汚い心を育んでいる。

子どもの頃には仏かキリストかに思えたような
優しい大人は実はどこにもおらず、
また自分もなれないのだなと感じてしまう。

そして、その現実を見てしまった自分も、
いつしか昔の憧れを忘れて、
ドロドロとした人間関係を育む、
不満いっぱいの大人になっていく。

もちろん、完璧な人間などこの世にはいないだろう。

だけれども、人間性を育むことは
幼稚園や小学校といった小さい子どものときから
ずっと行われていることだ。

パワハラのような「人の嫌がることをしない」
また「裏で陰口を叩かない」などといったことは、
小学生でも知っている。

それなのに、成長すれば成長するほど、
多くの大人は嫌味ったらしくなっていき、
組織にはドロドロとした人間関係が育まれているのだ。

 

人間は言葉ではなく行動で生きている

だけれども、そうした人間性が欠如した大人が
なぜこれほどまでに多いのかという問いの答えは、
実はとても簡単である。

それは、人間性をまともに学ぶ機会がなければ、
それをまともに教える人もほとんどいないからだ。

幼稚園や保育園の教育目標などを見れば、
そこには確かに「豊かな人間性を育む」
などといった文言が並んでいる。

また、学校生活の中では、
国語や算数などといった授業のほかに、
人はどう生きるべきかが
校長などによって訓辞される。

しかし、人間は言葉によって生きているのではない。

言葉で「人を殴ってはいけませんよ」といくら諭そうが、
喧嘩をすれば誰でも少しは
相手を懲らしめてやりたいという心が生まれる。

「陰口を言ってはいけませんよ」といくら教えようが、
嫌な思いをしたら、
相手がいないところで愚痴の一つや二つは言いたくなる。

それは学校などで子どもたちを教えている大人も同様だ。

しかし、大人はそういうものを全部隠して、
子どもたちを行動ではなく言葉で教え諭そうとする。

しかし、人生というのは行動によって構築されている。

大人がいくら頑張って自分の行動を隠そうが、
嘘というのはどこかでボロが出る。

子どもがやんちゃを言えば、
我慢ならずに平手を飛ばす大人もいようし、
気に食わぬ生徒には理不尽な罰を食らわす先生もいよう。

そうした行動が伴わない大人が
子どもたちをいくら諭そうとしたところで、
失敗に終わるのは目に見えている。

現代の教育はどうしても言葉に頼りすぎだ。

人間性を教えることも、「道徳」などという授業によって、
教科書に書かれた言葉から学ぼうといった体たらくである。

だが、そんなことをしていては、
子どもたちはますます大人に幻滅するし、
人は成長するにつれてますます人間性が欠如する。

結果として大人が作る会社組織というもの、
そして社会というものは、
ドロドロとした人間関係ばかりが目につくようになる。

この世にはもっと行動によって人を教える人間が必要だ。

そのためにはまず、人生の中で学んできた
人はどう生きるべきかという言葉の数々について、
また自分の生き方について、
その実態を一人ひとりが考える必要がある。

そうやって実態を捉えたところに、
僕らの人生の軸が浮かび上がり、
真の人間性は育まれていくのだ。

 

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