僕は君に芸術家になってもらいたい

いっぱしの技術屋が芸術家を駆逐した

僕は君に芸術家になってもらいたい。

これが僕が文章を書き続ける理由である。

突然すぎるって?

だけどもこれが僕の偽らざる本音なんだ。

ぜんたい、現代社会というのは、面白みがなさすぎる。

何が面白くないかって、商品にしろ、文章にしろ、
音楽にしろ、漫画にしろ、絵画にしろ、広告にしろ、
人間が作り上げているもののほとんどのことさ。

どれもこれも、上っ面の表現手法だけはいっぱしだけども、
彼らは芸術家というよりは技術屋なのであって、
自分が目にした世界から沸き起こる想いを伝えるというよりは、
こんなの作って俺はすごいだろお、と自慢がしたいだけなのだ。

だから、例えば最近リメイクされた『白い巨塔』のように、
あるいは、続編やはちゃめちゃアクションばかりの最近のハリウッド映画のように、
今のエンターテイメントに物足りなさを感じているあなたの感性は、
あながち間違ってもいないのさ。

あんまり懐古主義になるのも、僕は好きではないけれども、
昔であれば芸術活動というものには、
実感というものが大切にされていたように思う。

歌にしても、今の商業本位の歌詞やメロディではなくて、
歌手自身の実体験や、そうでなくても身近な誰かの声を代弁することが、
その役割であったと思う。

だからこそ、昔は聴く人の多くが歌から喜怒哀楽を感じ取って、
一緒になって笑ったり泣いたりしていたし、
そういう歌は今でも別の世代の人の心を揺り動かす。

ところがどうだ。

きょうび歌というのは、耳を塞いで
無表情で聞くものになってしまっているではないか。

小説や漫画にしても、現実世界から逃れるための道楽でしかないではないか。

もっと言ってしまえば、ニュースにしても評論にしても、
見たくない事実を覆い隠すために垂れ流されているとしか思えない。

きょうび人が表現するものはほとんどが、現実からの逃避であり、
自らの実感を基に沸き起こってくる自然な想いというものは、
ほとんど聞かれないではないか。

 

誰もが一流の感性を持っている

芸術というものは本来、
技術どうこうで生み出せるような代物ではない。

というよりも、芸術において技術というのは
はっきりいって、二の次だ。

だが人は残念ながら二つある目と耳とでもって、
すぐに上手い下手を判断したがる。

そもそも学校教育の時点から、
音楽にしろ美術にしろ点数がつく世界だ。

子供時代の優雅な感性は、通知表の結果によって、
容易に傷がつけられる。

しかしながら、あらゆる芸術の基礎にあるのは、
感性やセンスという五感で感じること、
物事を肌で実感することである。

感性やセンス……これらは生まれつきで善し悪しが決まっており、
ほとんど天性と同じ意味であるというように思われている。

しかし、感性やセンスというのは、善し悪しがなければ、
天性のように複雑な技術が絡むようなものでもない。

感性やセンスというのは、ただ目の前の物事や
自分が今体験していることを、
どう感じているかということだけなのだ。

つまり、芸術とは本来あなたが身体で持って感じた実感を
あるがままに伝えることであり、
それをいかに巧みに、ありのままに、そしてまた多くの人に伝えるかが、
芸術の問題なのである。

 

僕が文章を書く理由

そういう意味では、誰だって一流の芸術家になれる素地はある。

しかも、芸術家たるためには、
別に音楽家や美術家、文筆家である必要もない。

自分が感じたことを思う存分、あるがままに伝えられるのであれば、
スポーツだろうがビジネスだろうが仕事だろうが何だって構わない。

人にうまく伝わるのであれば、
別に教科書通りのやり方に沿わなくても構わない。

だいたい、教科書なんざ、自分を表現する方法など
どこにも書いてやいやしない。

本など読んでも、そんなものはどこにも見当たらない。

自己啓発や哲学にのめり込んでも同様だ。

自分自身を表現する方法なぞ、
誰か他の人から教えてもらうものではない。

だから無論、そんなものは、僕のこの文章にも書いてやいやしない。

あなたが自分自身を表現する方法というのは、
あなた自身からしか生まれ得ないのだから。

だけどももし、何かヒントはないのかと問われるのであれば、
僕があなたに言えることは、自分を思う存分表現していきたいのなら、
とにかく自分の五感を大切にしろ、感性を大切にしろ、芸術家たれ、
ということだけである。

そして自分の感じたことを思う存分表現できる芸術家だけが、
この世が抱える問題の真の姿、
すなわち問題を見ても問題だと実感することができない心、
問題を見ても無関心でいられる心を解決することができる。

おかしいと思うことはおかしい、面白いと思うことは面白いと
堂々と語り、表現できるようになって、
人と社会の成長と発展に貢献できるようになる。

だからこそ僕は、文章にしても、音楽にしても、ビジネスにしても、
漫画にしても、映画にしても、その他ありとあらゆる生産的な活動、
芸術的と呼ばれる活動を、自分を表現する手段として
真に極めようとしている仲間を見つけ、また増やしたいのだ。

ここまで書けば、ある程度は分かってもらえたかと思う。

僕が文章を書く理由のだいたいは、
ここに書いたことを、何とかしてあなたに伝えたいがためである。

 

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