愚痴は悪いと誰が決めた

愚痴は本当に悪いのか?

愚痴を言うのは良くないと、多くの人は言います。

会社の愚痴、パートナーの愚痴、友人の愚痴、
社会や政治に対する愚痴などなど、
この世の愚痴は星の数ほどあれど、それを言うのも聞くのも、
心の底から好きだという人は、全くといっていいほどいません。

確かに、愚痴を聞く方からしたら、
あまり気持ちのいいものではないのかもしれません。

僕も、彼女の会社の愚痴を聞くのは、
救いようのないほど愚かに思える上司やら同僚やら組織やらに対して、
やるせない腹立たしさを感じるという意味で、
あまり気持ちのいいものではないと感じます。

しかしながら、そんなことを言いながら、僕もやっぱり愚痴を言います。

仕事場で、どう見ても自分で能率を悪くしているのに、
それを周りに当たり散らしたり責任転嫁したりして
解決しようとしている阿呆を見れば、
気の許せる仲間と一緒に「あいつは使えん」と裏で罵るし、
役所関係の手続きが煩雑であれば、「面倒臭え」と悪態をつきます。

場合によっては、愚痴に祭り上げられる阿呆の度合いがあんまり酷ければ、
その相手に直接、とはいえもちろん大ごとにはならない程度に
核心を抉り出す具合で、ときに鋭くときにやんわりと、
問題点を指摘します(あまりうまくはいきませんが)。

そういう愚痴を言った後は、後悔するときもあるのだけれども、
一方で愚痴を言ったからこそ気の置ける仲間とのつながりを確認したり、
より深く感じたりすることもできます。

また、阿呆に直接言ってしまえば、直後に自分が心配していたほどには、
自分の居場所がなくなっていないどころか、
むしろ彼、彼女からの不要で不毛なちょっかいも少なくなっています。

 

愚痴は創造力の源

考えてみれば、愚痴というのは、
態度としても言葉尻としても、ありのままの本音に相当近いです。

愚痴の言葉の端々に現れているのは、大げさにいえば、
本当は自分はどのように生きたいか、ということでもあります。

もちろん、「あいつが悪い」「会社が悪い」「社会が悪い」
といったような単純な悪者探しの愚痴からは、
直接はポジティブな理想像とやらは伺えないけれども、
それを分析、展開していけば、創造的、理想的な解決策が
生み出せる可能性があります。

実際、世に出るイノベーションの多くはそうした不満の解決から来ているし、
たとえ問題の解決に至らなくとも、The Beatlesの『Help!』や、
メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』など、
名作と言われるような曲や文学作品は、
どうしようもなく愚痴りたくなるような状況から
生まれていることが結構あります。

そういうことに思いを馳せると、愚痴は、
僕らの創造や人生の大きな変化の源泉になり得るように思います。

もちろん、いざ実際に自分の愚痴を
そうした創造や人生の変化に役立てようとするのであれば、
普段通りに悪者探しの憂さ晴らしのためだけに
口を動かしているだけではいけません。

自分はなぜ、気になるあいつや、気の利かない会社、
融通のきかない社会に不満を抱いているのか、
本当は今どのようにあるべきなのか、
そのためには何が必要なのか、
それを得るためには自分はどのように行動しなければならないのかを
はっきりさせ、実行しなければ、せっかくの愚痴も宝の持ち腐れです。

しかし、愚痴を言うことを抑えている人よりは、
愚痴を言っている人の方が、
心の健康という面では数倍マシであることは確かだろうし、
行動の糸口もよりはっきりと見えています。

いずれにしても大切なことは、
何かしらのモヤモヤや、不満を感じているのであれば、
他人に迷惑をかけまいとして無理にポジティブに振る舞うのではなく、
それを吐き出し、共有できる仲間や環境を持つことです。

そうして自分の不満を表に出してやったところから、
本音と、そこから積み上がる自分の理想像、
そして取り組むべき行動の糸口が見えてきます。

 

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