丁寧に行動するということ〜多動力批判〜

今更ながらあの本

2018年の年末は、
ことのほか忙しい月だったにもかかわらず、
幸いにして移動時間を取られることが長かったため、
他の季節に比べて多くの本を読むことができた。

テレビやインターネットという
情報の伝達手段が社会にどのような影響を与えるかについて
マルクスやフーコーなど小難しい理論を基に詳細に考察した
マーク・ポスターの『情報様式論』にはじまり、
脳生理学者の時実利彦が書いた『脳の話』『人間であること』
そして2016年までNHKの『クローズアップ現代』
という番組でキャスターを務めた国谷裕子による
『キャスターという仕事』など、
相変わらず様々な分野を
興味の赴くままに手当たり次第読んでいった。

その中でも、ある意味でとても印象に残った本がある。

堀江貴文氏の『多動力』である。

今更こんな手垢にまみれたベストセラー本について
何事か書くなんて、とあなたは思われるかもしれない。

しかしながら、この本の内容と、
こうした本がベストセラーになったという事実から、
現代社会の傾向が見えてくると僕は思うし、
かつ結論から言えば、僕はその傾向は
あまりよろしくないのではないかと思っている。

 

改めて多動力とは何か?

この本の要旨は、
タイトルにもなっている「多動力」とは何かということ、
なぜ「多動力」が必要なのかということ、
そして「多動力」を身につけるための方法である。

「多動力」の定義を本の言葉を借りて言えば、
「いくつもの異なることを同時にこなす力」である。

堀江氏曰く、産業ごとに設けられた
「タテの壁」が溶けていっている現代では、
一人の人間が自分にしかできないことや
自分の心がときめくようなものにだけ集中して
取り組むことが必要で、それを極めたところに、
自分の好きなことをいくつも同時進行で動かす
多動力の発揮があるという。

そして、これを身につけるためには、
自分の心が躍る方向へ正直に進むこと、
自分にしかできないことに取り組むこと、
自分の時間を誰にも奪われないようにすること、
などが必要だと説いている。

そうしたことがざっくばらんに
述べられていた本の中で、
ところどころ「なるほど」と思いながらも、
心に引っかかったところがある。

 

ノウハウは簡単に学べるか?

それは第1章第1節
「寿司屋の修行なんて意味がない」
という部分である。

この部分に書かれているのは、簡単に言えば、
ノウハウさえ明らかになれば、
素人の料理人でもプロのそれと遜色ない味を、
それほど長い修行を積まなくても
提供できるようになるというものだ。

あらゆる情報を
インターネットという白日の下に晒そうという
オープンデータの考えが主流になった今では、
これまで門外不出だった秘伝の技といったものも、
確かにより多くの人の目に触れるようになるだろう。

IT畑から出てきた堀江氏らしい意見といえばそうである。

ところが、現実は果たしてそうであろうか?

ノウハウが明らかになっただけで、
誰でもプロの料理人と同じような味を
作り出すことができるのだろうか?

僕はかつて、中高一貫校に通っていた頃に
弓道部に所属していた。

そこは弓道部としては国内でも歴史が長く、
師範だった先生も、
全国で10本の指には入るという指導者だった。

そうした部だったから、当然ながら弓術のノウハウも
相当なものが集まっていたはずであるし、
現にそれらをまとめたようなものを、
師範自身で何冊にもなる冊子にまとめていた。

ところが、そうした国内屈指であるはずの
ノウハウが集まった場所にあっても、
個人の成績というのは上がることを保証されてはおらず、
高校で部長を務めた僕も、先代が残していた
全国大会出場という記録には届かなかった。

これは、堀江が挙げた寿司職人でも
同様のことが言えると思う。

優れた寿司職人は、
握った寿司のシャリの数が同じになると言われているが、
これは果たしてノウハウ然りとした
「ここでああして、こうして、こうすればよい」
といった方法で教わって、
素人がすぐに会得できるものなのだろうか?

そもそも、そのようなノウハウを作れるほど、
寿司を握るという行為は単純なものなのだろうか?

僕は、あらゆる行動には、
言葉では表しきれない感覚(センス)が伴うと
感じている。

そしてこの感覚は、言葉や視覚情報だけでは
伝えきれないからこそ、職人的な技術を習得するには、
何年もの年月がかかるのだと思う。

かつて野球で打撃三冠王を三度達成した落合博満は、
社会人野球からロッテに入団した当初、
当時の監督だった山内一弘から
「ホースで水を撒く感じで打て」などと
バッティングを指導されたという。

同様に僕が学んだ弓道では、矢を放つ直前の瞬間を
「天上天下唯我独尊」の境地と表し、
師範は的中をあたかも真っ赤な林檎を手に取るような
といった表現で僕らに伝えていた。

こうした表現は、
一言にノウハウと表せるようなものではなく、
とても感覚的なものである。

そして、このような比喩を含めたような指導表現は
特に武術のような身体を動かす世界に多い。

この事実が表すのは、身体の動きには、
単純な言葉では表せ得ぬほど、
奥深い感覚の世界が裏に広がっているということだ。

 

ノウハウ至上主義では何も身につかない

感覚は、言葉では表しきれないが故に、
他人に伝えることが難しい。

また、感覚は、それぞれの人が、
一人ひとり自らで丁寧に味わい尽くさぬことには、
把握することができない。

だからこそ、昔気質の寿司職人や武術の達人などは、
時間をかけて丁寧に行われる修行が大切であると
考えていたのではあるまいか。

わかりやすいレシピを参考に作られた
教科書通りの料理よりも、
長い時間をかけて積み上げられた感覚を基に、
素材の特徴を見極めて作られた料理の方が、
何倍も味わいがあるように感じられるのは、
本当であるし、当然といえば当然なのである。

ただ、今はそのように自分の目の前にあるものを
丁寧に感じ取るだけの心と時間の余裕がないと
多くの人が感じているし、
何よりも短い時間でより多くのことを
成し遂げることが重視されているように思う。

そういう「スマート」で「効率的」な行動が、
会社や社会においてだけでなく
自分自身の人生にも重視されるからこそ、
『多動力』のような本が流行るのだろうし、
時間をあまりかけずにノウハウだけ頭に入れようという
ノウハウ至上主義的な考えが蔓延しているのだろう。

しかし、そうした考えの裏で失われる
「感覚」という財産は計り知れないし、
実は感覚を使った丁寧な学びこそ、
何かを会得する最短の近道である
ということを知らない代償は、
とてつもなく大きい。
(このことについては別に述べた記事が
あるのでそちらを参照のこと
)。

堀江氏曰く、現代は多動力の達人となり得るような、
物事に熱中しやすく、飽きやすい人が増えているという。

しかし、これは言い換えれば、
物事を丁寧に味わい尽くす人が
減っているとも考えられる。

もっとも、堀江氏は、気になったことについては
徹底的に本などで知識を蓄えると本の中で述べているが、
実際にはそれだけでは不十分で、
丁寧とは言えないことは、例えば彼の人間心理、
被害者心理を欠いた原発についての意見からも読み取れる。

そうした丁寧さが失われた先にあるのは、
表層的な情報に対する単純で反射的な態度と、
浅薄な人間関係だ。

 

堀江氏の多動力も、結局雑に行動するということ

最近、堀江氏は
「NHKから国民を守る党」の公認候補者になったという。

堀江氏自身による「YES」の発言は
確認できていないけれども、
本人がN国党首の立花孝志の動画
リツイートしているところを見れば、
ほぼ間違いないのだろう。

N国といえば、最近はしたり顔で脅迫行動をとったり、
一般人を、住所を公表して私的リンチをしたりと、
ヤクザ顔負けの常軌を逸した行動で
何かと話題になっている政党だ。

そうした行動について、
堀江氏は何も知らないわけがあるまい。

それでも、彼はN国の立花氏と頻繁に対談し、
動画をYouTubeに上げ、挙げ句の果てに
公認候補者になろうとしている。

僕は堀江氏がどんな世の中を作ろうと考えているのか、
よくは知らない。
(知っている人がいたらコメント欄にでも教えてほしい)

が、その世の中がどうであれ、
彼がN国から本当に立候補するとなれば、
その行動は雑の極みではないか?

国会議員のような職は、
立花氏のように炎上目的の話題を
作ればいいというものではない。

議員になったからには、人の心と生活に寄り添い、
より良い社会を作り上げるといった責任が
当然ながら出てくる。

対して、堀江氏の行動を見てみれば、
例えば「ホリエモン祭」のように
それは単に「面白いと感じたことをする」
といったところで、
彼が抱く世の中の未来像というものは
あまり見えてこない。

そういう「面白いこと」ができれば、
脅迫やら暴言やらを垂れ流す政党からも
出馬していいというのか?

僕には堀江氏自身が誇る多動力にしても、
人の気持ちや生活というのを無視した、
単に独善的、快楽主義的な
雑な行動力にしか見えないのだ。

 

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