僕らは下の世代に巻き込まれるのか〜子どもたちの表現活動〜

話題の少女

ようやっと日本でも
たくさん目にするようになった
グレタ・トゥーンベリさん。

だけれども、日本では
彼女の演説が心に響かないだの、
まだ16歳なのにすごいだの、
環境保護とは別のところばかりが
もてはやされたように思う。

とはいえ、SNSのタイムラインが
彼女の演説や記事で埋まり、
テレビや新聞でも話題に上ったところを見ると、
日本における環境保護の動きにも
今後ある程度の影響が出てくるのだろうと思う。

ただ、多くの人は彼女の動きを
環境問題についてだけ捉えているけれども、
僕はグレタさんの動きは、
環境運動以外にも広がっていくのではないかと
思っている。

 

大人顔負けのスピーチ

グレタさんの国連での演説と時をほぼ同じくして、
僕はカナダのある少女が
中央銀行を中心とした現在の経済体制を
批判しているスピーチを見つけた。

このスピーチ自体は
2012年にされたものらしいが、
その少女は当時はまだ12歳で、
僕から見れば下の世代になる。

銀行をはじめとした経済体制については
様々な意見があると思う。

だけども、僕がここで取り上げたいのは、
そういった小難しい学問的な話ではない。

グレタさんにしても、
カナダのこの少女にしても、
僕が感じたのは、
彼女たちの素直さ、率直さだ。

はっきりいって、
環境問題にしても、銀行政策にしても、
その複雑さを考えれば、
10代の子供達よりも、
僕ら大人たちの方が
理解できている方が普通だ。

ところが、グレタさんにしても、
カナダの少女にしても、
彼女たちは公の場で大人以上に、
また国の代表や専門家といった知識人以上に
雄弁に、また何も恐れるものはないかのように、
生き生きと語っている。

もちろん、大人の中にも彼女たちのように、
堂々としたスピーチをする人はいる。

しかしながら、特に
政治や社会についての演説を見れば、
歯切れの悪い話し方をしている人や、
虚勢を張って声だけデカイ
といった人ばかりだ。

内容、態度共に堂々とした演説というのは、
スピーチを生業としている人であっても、
数える程しかない。

 

子どもたちは、ただ正直なだけ

彼女たちは、その考えがどうであれ、
しかし自分の見てきたこと、
感じてきたことに対して
絶対的な自信を持っているように思う。

そしてそれは、
今の多くの大人たちにかけている
人間の芯の部分である。

よく言うように、
大人には大人の事情がある。

それは人間関係であったり、
経済的な事情であったり、
とにかくたくさんある。
(つい最近の関電の金銭授受も、
電力会社役員と一人の自治体長との
大人の人間関係が原因だった)

しかし、大人の事情というのは
とかく芯の部分を曇らせる。

電力にしても、エジソンなど
草創期の根本的な志は
人間の「生活」を豊かにすること
だったはずだ。

ところが、いつの間にか、
豊かにするものは人々の「生活」ではなく
限られた人の「ふところ」になってしまった。

結果として、儲かるから原発を造れだの、
特権を保てるからカネを渡せだの
という話になってきてしまった。

より身近なところでいえば、
自分の売り上げ目標だけ達成できればいいという
会社のワンマン上司や、
部下に追い越されては困るとビクビクしている
パワハラ上司だのといったところも
似たようなものだ。

しかし、会社という組織に関していえば、
個人の成績などある意味どうでもよく、
組織全体の売り上げが一番の問題である。

もっといえば、
会社という組織などもちっぽけなもので、
人類全体で見れば、
一企業の売り上げよりも、
今生きている僕たちと、
それに続く子孫の繁栄ということが、
僕たち人類が一番の念頭に
置かなければならないことのはずで、
これはもはや頭でどうこう考えなくても、
本能的に思いを馳せられる問題である。

グレタさんやカナダの少女は、
この「人類の存続」という
本能的に危機感を持てる問題に対して
どこまでも正直だ。

もちろん、裏で何らかの意図を持って
プロデュースしている人がいるのかもしれないが、
彼女たち個人のまなざしを見れば、
そこには大人が抱くしがらみというものは
全く感じられない。

彼女たちは、自分が疑問に感じたこと、
おかしいと感じたことに対して、
とても素直に「おかしい」と
言っているだけなのだ。

 

素直になれない大人たち

それに対して、
大人というのはどこまでも
体面を繕ってしまう。

挙げ句の果てには、
おかしいはずのことでさえ、
何とも感じなくなってしまう。

過労死などが生まれてしまう原因の一つは、
こうした感性の鈍化である。

法的には月の残業が100時間を超えれば
法律違反になってくるし、
そもそもそんなに働く時点で
人間の身体はだいぶ狂ってくるのに、
それでも社会が変わるほど十分に
文句を言う人がいないというのは、
冷静に考えればおかしな話ではないか。

また、就職活動では誰も彼も
志望理由というのを述べさせられる。

しかし、志高く会社に入ったとしても、
入社してから退職するまで大体の仕事は
その志とは相容れない、
もしくは全く矛盾するものである。

だけれども、残念ながら学校では
お金の稼ぎ方や、社会での生き延び方というのは
教わらないので、
大体の人がそのまま仕方なく勤め続けて、
夢破れ、世の中と人生に幻滅していくのだ。

だけれども、そうした幻滅を、
社会の自分に対する裏切りだと見立てて、
もう少し自分の想いに素直になって、
世の中に向き合えないものか?

長時間労働やら、
銭ゲバのような心苦しい営業に対して、
「これはやっぱりおかしいよな」
という素直な感情を、
もう少し表面に出せないものか。

グレタやカナダの少女のような
僕らよりも若い世代にそれができているのだ。

僕が思うに、
世の中に対する素直な訴えというのは、
グレタやカナダの少女にとどまらない。

王様は裸だと言ったのが子どもだったように、
若い世代の素直な訴えというのは、
これからどんどん増えていくだろう。

大人はそれに対して、ただ傍観し、
巻き込まれていくだけなのか?

それとも、自らが感じる違和感を素直に受け取り、
共に世界を変えていくのだろうか?

僕はできるだけ後者でいたいし、
同じ立場で違和感を訴え続ける仲間を
増やしていきたいと思っている。

 

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