僕は小説を全く読まなかった

僕は小説を全く読まなかった

僕は小説をこれまでほとんど
読んできませんでした。

なぜ、読まなかったかというと、
どの作品が面白いのか、
また何が面白いのか、
全くわからなかったからです。

もちろん、学校の課題や、
人に勧められたものは
ところどころ読みました。

でも、2、3年前まで熱中するほど
読みふけった小説は、
数えるほどしかありませんでした。

そんな僕が、今では小説を書くことを
ライフワークにしてしまったのだから、
人生何が起こるかわからない
といったところです。

 

精神的な影響と身体的な影響

僕が小説を面白いと思い始めたのは、
ミヒャエル・エンデの
「はてしない物語」を
読んだあたりからでしょう。

それまで僕は、小説というのは
ただの空想世界のお話だとだけ
思っていました。

ところが、「はてしない物語」では
その空想世界が現実世界にいる僕に
とてつもない影響を及ぼしたのです。

その影響の詳細を知りたい人は、
ぜひ文庫版ではなくハードカバーで
この本を読んでみてください。

読んでいるうちに、
自分はどこの世界に生きているのか、
全くわからなくなっていきます。

さて、それはともかくとして、
この読書体験以来、小説というのは
現実に生きる僕たちに対して、
とても大きな身体的な影響を
与えることができるのではないか
ということが
僕の頭の片隅にありました。

ここで重要なのは、影響が
「精神的」ではなく「身体的」である
ということです。

精神的な影響というのは、
いってみれば頭の中にしまってある
自分の考えや想いに対する影響です。

でも、自分の考えや想いが
何かしらの影響を受けたところで、
人間というのはすぐに人柄や行動が
変わるわけではありません。

むしろ、その影響は、
意識の下で起こるものであるから、
実際の行動が変わる前に、
影響自体を忘れてしまうことさえあります。

事実、本を読んで
その内容を覚えている人は、
なかなか少数派です。

でもそれは、その本が
意識の下で起こる精神的な影響しか
あなたに及ぼさなかったということです。

ところが、「身体的な影響」は、
結構長いこと、
記憶にとどまるものです。

例えば心揺さぶられる物語を読んで、
涙を流したのであれば、
その記憶は本の内容とともに、
相当長いことあなたの中に残ります。

それだけでなく「身体的な影響」は
実体験として身体を動かされる経験を
することになりますから、
有無を言わさぬ事実を
突きつけられるわけです。

ある本を読んで涙を流したのであれば、
その涙を流したという事実が、
否応もなくあなたの前に立ち上がります。

それはすなわち、
あなたの感性というものを
白日の下に晒したということです。

 

小説は自分を知るための最高のツール

感性…それこそが
自分を知る唯一の糸口です。

自分はこれに涙を流す、
自分はこれを笑わずにはいられない、
自分はこれに胸のときめきを覚える…

そうした事実的な身体の反応が、
自分という存在の
アイデンティティを
明らかにしていくわけです。

優れた小説というのは、
こうした身体的な反応を
読者から巧みに引き出します。

そして、読者を蟻地獄のような空想の世界に
引きずり込むのではなく、
現実世界に連れ戻しにかかるのです。

今、世の中は、
ああれはこうだ、これはこうだという
思い込みにあふれています。

自分に対する認識でさえ、
「自分はこういう人間だから」と
事実をしっかりと受け止める前に
決めつけにかかります。

そうした思い込みにあふれた世の中の様子は、
小説以上に空想で生きているといった有様です。

僕たちはもっと、
事実を解釈するのではなく、
ありのままに受け止める必要があります。

身体的な影響を与える小説は
そのための最高のツールです。

僕たちはもっと、頭を刺激される本ではなく、
身体に否定されざる影響を与えるような
本当の意味での衝撃的な本を
書いて、読むべきなのです。

 

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(テイラード小説)

あなたと直接話し、その印象を基に
今のあなたに必要だと感じた物語を書いています。

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あなたが払いたい分だけ払っていただければ結構です。

もちろん、読んだ小説が気に入らなければ、
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