「文章書けない=書き方知らない」ではない

誰でも言葉は知っている

文章を書けないという人は結構います。

子供の頃は学校で国語をみっちりと学んで、
大人になってからも日本語でコミュニケーションを
とっているのにです。 

人によっては口達者であるのに、
作文となるととたんに手が動かなくなります。 

そして、文章を書けない人の多くは
「どうやって書けばいいのか分からない」と話します。

しかし、僕らは文法知識や語彙力について、
文章を書けないほど不十分にしか学んでいないのでしょうか? 

だとしたら、普段あなたが話している言葉も
支離滅裂のめちゃくちゃで、
言いたいことが相手に伝わらないということが
頻繁に起こっていても不思議じゃありません。

でも、現実は違います。

あなたは今日も誰かと会話をして、
大なり小なり自分の思いを相手に伝えられているはずです。

つまり、誰かに何かを伝えられるだけの言葉のスキルは、
あなたを含めて、誰にでも確実に備わっているのです。

 

それでも文章を書けないのはなぜか?

しかし、それでも文章を書けない、
自分には才能がないと思う人が後を絶ちません。

では、あなたが文章を書けない理由は何なのでしょうか?

僕はあるとき、思うように文章が書けないという人と話すと、
なるほど、と思うことがありました。

いろいろ話を聞いていくと、
どうも何かを表現すること自体に
抵抗感があるということが分かってきたのです。

そして、より深く話を聞いていくと、
過去の経験が影響していることが分かってきました。 

つまり、自分の考えていることを外に表現することについて
過去に大きな失敗をしたことがトラウマになり、
その後の人生にでも作文などの表現活動が
おっくうになってしまったのです。

この話を聞いた時、僕も自分の経験を思い出しました。

今でこそゴーストライターとして2万〜4万字、
場合によってはそれ以上の文章を書くことを
仕事にしている僕ですが、
大学に入学するくらいまではほとんど文章を書けませんでした。

小学生の頃は作文で苦労し、
書き始めるのはいつも締め切りギリギリになってからでした。

国語の成績は下から数えた方が早いくらいで、
偏差値は50を越せばいい方、 
他の科目でも、論述問題は特に苦手で、
何をどう書いていいのかが全く分からなかったのです。

そういう作文に対する苦手意識を
僕は長いこと抱えて生きてきました。

でも、今ではふと思い立てば、
深く考えることもなく、文章を綴ることができます。

そうなれた一番のきっかけは、
僕が政治や社会について興味関心を持ったから
ということもあるのでしょう、
これは何かおかしいぞと思うようなことについて、
自分の意見を周りに示したいと思ったからでした。

そして、そんなことを続けているうちに、
気づけば僕は何か思ったり考えたりしたことがあれば、
狂ったように筆を取り、
そうして書いた文章をSNSに投稿していたら、
いつのまにか周りからは
文章が書ける人という評価を受けていたのです。

そんなことを振り返ると、
「文章を書けない」ということの背景には、
スキルが足りないことよりも、
表現に対する苦手意識やトラウマといった
心理的な問題がある場合が多いのだろうと思います。

実際、先に紹介した、
思うように文章が書けないと僕に語った人は、
幼い頃に自分で描いた絵がとてつもなく下手だったことが
一種のトラウマになっていて、
それが文章による表現も躊躇させていたのです。

とはいえ、その人はそれを自覚して克服した途端に、
スラスラと文章を書くようになりました。

つまり、そのように心理的問題を克服してしまえば、
ほとんどの人は文章を書けるはずなのです。

 

何が人に文章を書かせるのか?

ただ、たとえ心理的な問題を克服したとしても、
文章を書くには、まず書きたい内容が定まっていないと
なかなか手が動きません。

そして何より、書きたい、伝えたいという情熱が
自分の心の中に燃えたぎっていないと、
ペンを取ろうという気は起こりません。

優れた芸術作品の生まれる瞬間が常にそうであるように、
作文にも抑えきれない感情の躍動と、
腹の底から湧き出る使命感が必要なのです。

では、そうした爆発的な感情はどこからくるのでしょうか?

それは経験とセンスであると僕は思っています。

センスと聞いて、自分はセンスがないから、
と早々に諦めてはいけません。 

センスはあるかないかではなく、
研ぎ澄ますものだからです。

より正確に言えば、センスは、
それにどう耳を傾けるかによって、感度が変わってきます。

先の心理的な問題の話と少し繋がるのだけれども、
センスがないと思っている人は、
ただセンスに自信がないだけということが多いです。 

つまり、自分が見て、聞いて、感じたことを、
あるがままに他の人に伝えても、
誰もまともに受け取ってくれなかった
というような経験があると、
人は一気に自分のセンスを自分で信じられなくなってしまい、
しまいには表現することにも恐怖心が芽生えてしまうのです。

だけどもセンスとは、それほど難しいものではないし、
ましてや優劣があるものでもありません。

センスとは、単純に、自分が五感と心で感じていることだからです。

そして、自分が感じたことを、
どれだけありのままに汲み取り、表現しているかが、
どれだけセンスが研ぎ澄まされているかということなのです。

人にものを書かせたり、芸術活動に向かわせたりするものは、
そうしたセンスの動きに他なりません。 

具体的に言えば、美味しいラーメンを食べて、
それを友達にシェアしたいと思う心も、センスの動きの一つだし、
実際に言葉で伝えれば、
それは小さいながらも自分の思いを表現したという意味で、
創作なのです。

つまり、見て、感じ取ったことから、
あなたがどう感じ、どう思うかが、創作意欲につながってくるのです。

どんなに平凡な日常生活を送っていたとしても、
そういう誰かに何かを伝えたいという想いは、
1日のうちに何度も訪れます。

たとえそういう想いを抱いたことがないとあなたが思っていても、
それはあなたが自分自身の声をよく聞かず、
理解していないことからくる、思い込みに過ぎません。

そういう意味では、文章を書くときに最も大切なのは、
自分の感情や感覚を丁寧に受け取ることです。 

だから、文章が書けないという人は、
まずは日々の生活の中で自分の感情の移り変わりを
丁寧に見つめてやればいいのです。 

そうして、少しばかりの非日常や、驚き、悲しみ、笑いを、
ありのままに書き綴ってやれば、
あなたは自分がすでに立派に文章を書けていることに気づくはずです。

 

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