本を出すということ

待望の自著

どうしてもパソコン画面を見てニヤニヤしてしまいます。

自分の本を出したあとというのは、だいたいそうです。

でも、この本はわけが違ういます。

僕はこれまで、ブックライターとしても、
また一人のライターとしても、
何冊も本を出してきたけれども、
今回出した本は別格です。

ようやく、自分が本当に納得できるものを出せたと
自分では感じています。

『想いが伝わらないのは結局、自分に嘘をついているからだ』は、
僕のライターとしての一つの集大成のような本です。

 

天命なき現代社会

20代の半ばで、一つ自分が納得できるものを
世に出せたというのは、
とても幸せなことなんだろうと思います。

最近、僕は彼女に眼の前で突然泣かれました。

泣いた理由を聞いてみると、
自分が会社で思うように力を発揮できなくて
悔しいというのです。

彼女ほど真面目ではなかったけれども、
僕も新卒で入社した会社ではそうでした。

意味もない営業にとりあえず行ってこいと追い立てられ、
全くやる気は上がらなかったし、
辞める直前の1、2ヶ月はサボってばかりでした。

人間、自分の可能性を存分に発揮できないと、
不甲斐なく、またやるせない人生を送ってしまうものです。

ただ、そうはいっても、
若いうちから自らの使命や、
人生を捧げようと思えるほどの生きがいに
出会うことは難しいです。

かの聖人孔子でさえ、
自らの天命を知ったのは50の年を
数えてからです。

ましてや現代社会は、
そのシステムが壊れつつあるとはいっても、
自らの天命を見つけるよりは企業に就職することを
至上命題として成り立っています。

僕らは、自分が何が本当に好きで、
何でもって食っていきたいか、
何でもって人生を生きたいかということを
しっかりと考える訓練なしに育っていきます。

 

本が書けたのは結局、志を知ったからだ

幸い僕は、そうした天命のようなものを、
文章を書くということに見出しました。

もっとも、それをはっきりと見出すまでは、
振り返るにはあまりにも長く、
また複雑な経験を経なければなりませんでした。

でも、とにもかくにも見出しました。

そしてその見出したものと、見出すまでの経緯とが、
今回出した本にまとまったのです。

ぜんたい、志や天命といった自分の人生の軸を見つけると、
誰でも1冊くらいの本は書けるものです。

そして志や天命といったものは、
自分のこれまでの人生には、
自分と誰かのためになる価値が確かにあったのだということを、
はっきりと実感することなしには見出せません。

だからこそ、真に自分が納得できる本を出すということは、
自分の人生を全て肯定できているという証でもあります。

 

本を出すことは、一つの時代の終わり

とはいえ、いつまでもAmazonの商品ページを
ニヤニヤと見つめているわけにもいきません。

本の中でも書いたように、
志というのは時とともに常に進歩していくものです。

そしてその進歩してゆく志と人生をともにすることは、
自らの可能性が広がっていく様子を
さらに目にしていくことに他なりません。

書き終わったものは、
自分にとってはすでに過去のものであり、
行く手にはまた新たに自分が伝えるべきものが
現れていくでしょう。

本を出すということは、
自分にとっては一つの時代の終わりでもあるのです。

 

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