世界を変える言葉たち

坂口さんの感性

ここ数日、坂口恭平さんの
『まとまらない人』をゆるゆる読んでいます。

先日、新宿の紀伊国屋にて、
ライブ&サイン会があるというので、
ミーハーながら慌てて駆け込んで
買った一冊です。

坂口さんというのは、
本の題名になっている「まとまらない人」
からもわかるように、
実に様々な活動をしています。

自身は躁鬱病であることを公表していながら、
時に画家で、時に小説家で、
時にカウンセラーでもあり、
時にシンガーソングライターです。

そんな多種多様な活動をしている
坂口さんですが、
その生き方をまとめたようなものが、
『まとまらない人』といったところでしょうか。

この本からは坂口さんが
物事をどのように見て、感じ取っているかを
とてもよく知ることができます。


まとまらない人 坂口恭平が語る坂口恭平

 

言葉の罠に絡め取られる物書き

さて、そんな『まとまらない人』ですが、
文章を書くことについて、
とても共感する部分があったので、
ここに書き留めておきます。

31ページに、こんな記述があります。

少し長いですが、引用します。

突然思いついたり、突然行動したり、
目に見えないものを形に出そうとしたり、
聞こえないはずの音に耳をすませたりすることに対して、
そんなことするなって無言の圧力を感じる。

(中略)

それが押さえつけられることを避けて、
自分をちゃんと持ち上げて、
ちゃんと自分ができるように僕はしてる。
自分ができることをして、錆びつかせない。
永遠に続ける。
僕はスピリット、精霊を見てる。
そのスピリットは音楽とつながる。
地面を歩いててもスピリットを感じる。
そういう作家がいないね。

『まとまらない人』p31

人は誰しも、感性というものを持っています。

身の回りで起きたことに対して、
それを身体で感じ取ることができます。

そのとき、人は身体を通して
なんらかの反応を表現します。

感動的な映画を見れば、
身体は震えたり、鳥肌が立ったり、
涙を流したりします。

仕事や家庭で理不尽なことで怒られたら、
腹立たしいという感情が、
むくむくと沸き起こってきます。

そして、とびきりのジョークに出会えば、
息ができなくなるほど笑うこともあります。

作家や物書きというのは、本来、
そうした身体を通して沸き起こる
感覚や感情というものを
言葉にすることがその役割です。

しかし、言葉が発達した人間というのは、
しばしば身体に基づいた表現よりも、
言葉で論理的に考えた表現を好みます。

そしてそれは、身体の感覚に忠実であるべき、
作家や物書きも陥ってしまう、
言葉の罠であるわけです。

要は、物語の起承転結が、
感覚的必然性をもって、有機的に、
また突然変異的に展開するのではなくて、
論理的必然性をもって、無機質的に、
淡々と進むことを、
多くの作家や物書きは好んでしまうわけです。

 

論理的必然性と感覚的必然性

論理的必然性でもって展開していく物語は、
一種の安心感があります。

なぜなら、
そこには頭で理解することのできる
シンプルな流れしか存在しないからです。

しかし、そうしたシンプルな流れからは、
本当の感動というものは生まれません。

なぜなら、論理的必然性の下では、
感覚や感情ですら、
理論で説明できる無機質な存在として
扱われてしまうからです。

よりわかりやすく言えば、
ベルを鳴らせばヨダレを垂らす
あのパブロフの犬のように、
登場人物の感情や感覚、
そして読者の感情や感覚までもが
科学的無機質な存在として
扱われるかです。

しかし、
そうして書かれた物語や文章というのは、
机上の空論の域を出ません。

もっといえば、現実に存在する読者に
影響を与える存在にはなり得ません。

現実世界に影響を及ぼす文章を書くには、
作家や物書き自身がまず、
ものを書く手の感触や、
散歩をした時の地面のアスファルトの感覚、
そして街の空気の味といったものに
敏感でなければなりません。

そうした実質的、実感的な感覚を通してでしか、
人は本来、他人との関係を作れないからです。

もっとも、身体を通して受け取った
感覚や感情というのは、
本来言葉を超えた存在です。

だから、それらを表現するには
とても大きな苦労が伴います。

しかし、物書きや作家の本当の役割は
本来そこにあるわけです。

この言葉を超えた、
スピリットとでもいうべき存在を
言葉にすることが、読者の共感を呼び、
さらには人生をも変えるような
物語を生み出すことになるのです。

 

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